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  • みどりのまきばキリスト教会

今日のマナ(2020.1.28.)マルコの福音書8章

おはようございます。

昨日は、大阪に行って鷹取先生との交わりと教会の照明と音響に関してお問い合わせをしてきました。先生との交わりはとても有益な時間でした。

さて、今日はマルコの福音書8書を読みましょう。4千人ほどの群衆がイエス様のところに集まってきました。食べ物がない彼らを可哀そうに思われて食べ物を与えてくださいました。7つのパンと子魚少しありましたが、【主】が祝福して群衆を全部食べさせたのです。しかし、パリサイ人たちはこれを信じるより議論していました。そしてイエス様に神様からなされたことを証明するようにしるしを求めたのです。イエス様は深くため息をついて「なぜ、今の時代はしるしを求めるのか。まことに、あなたがたに告げます。今の時代には、しるしは絶対に与えられません。」と言われました。

彼らは信じるためにしるしを求めたのでなく自分たちの不信仰を正当化しようとしてイエス様を攻めようとしたからです。そしてイエス様はご自分の道を黙々と歩むだけでした。それは多くの人を救うために十字架を背負うことです。

「 8:31 それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた。」

これを聞いたペテロはイエス様をわきにお連れして、いさめ始めたのです。イエス様は彼を叱り「下がれ!サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」と言われました。そしてイエス様についていく人にこう戒めておられます。

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。自分のいのちを買い戻すために、人はいったい何を差し出すことができるでしょう。このような姦淫と罪の時代にあって、わたしとわたしのことばを恥じるような者なら、人の子も、父の栄光を帯びて聖なる御使いたちとともに来るときには、そのような人のことを恥じます。」

今イエス様の愛の中で守られています。虚しいものを求めず永遠の命を求めて生きる幸いな人生を祝福します。今日も聖霊の感動と導きを受けますように祝福します。


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